愛されタニスの一生

marginalism2010-03-15

バンクーバーオリンピックアイスダンスオリジナルダンス(カタカナで書くと目が滑るねこれ)の時の話。
ヴァーチュー&モイアーが終って場内熱狂の中でもアメリカ人はアメリカ人なので隣の隣あたりにいたアメリカのおばちゃん達が今度は俺のターンとばかりにベルビン&アゴストに向けてUSAコールを始めました。
そしたら隣のカナダ人の幼女達が"No! She is Canadian!! She is Canadian!!!!!!"と叫んで決して譲らない顔をしてメイプルリーフを必死に手をピンと伸ばしてタニスに向かって掲げて主張して(でも幼女だから頑張っても私の顎くらいまでしか届かない高さ)おばちゃん達苦笑、そしてその客席でのベルビンの取り合いが面白くて当のベルビン&アゴストの演技に集中できなかった、どうしてくれる、とちょっと思ったけど、もはや、やめて!私のために喧嘩しないで!と言いそうになったくらい面白かったのでいいです。私はベルビンじゃないということを一瞬忘れるくらいに異空間でした。多分そんな機会もう一生ない。

そんな米加領有権問題が左で起こっている間、私の右隣の家族連れのお父さんとボランティアの人がなんか数字の言い合いしてて、その数字でお父さん一喜一憂、なんだこれ、と思ったらモニターにアイスホッケーの映像が出てきて客席騒然、お父さんとボランティアの人のやりとりはアイスホッケーの途中経過だったんでした。ボランティアの人がものすごい嬉しそうだったり悲しそうだったりしながら伝える使命があるとばかりにいちいちぴょんぴょん跳ねてまできちんと経過伝えてるのはいいんだけど、このお父さんとどういう取引があったのか不明。ボランティアの人がどっからアイスホッケーの情報得ていたのかも不明。なんかでもまあどうでもいっか、面白いから、で済むカナディアンタイムが旅行者だからとても心地良かった。旅行者じゃなかったらイライラするだろうというのも理解はできるけど、遊びにくる分にはいい感じに適当でよかった。このくらいの自由がちょうどいい、何がいいってみんな自由だけど目の前で行われている競技に対しての敬意は忘れてないからだ。ボランティアの人とお父さんのやりとりは全て競技進行の邪魔にならない合間を縫って行われていたし、『うちのベルビンが』闘争も演技が始まったら幼女達は演技みたいから旗の高さを目下までおろしてました。おばちゃん達もおとなげない主張はしないから『わかった、今回は譲るわ』つう顔して苦笑しつつも可愛がってたし。

この客席に私がバンクーバーにいた二週間で学んだカナダ人というものが凝縮されていた。
カナダ人の好きなもの:アイスホッケー
カナダ人の嫌いなもの:アメリ
至ってシンプルであった、が、カナダ人がアメリカを嫌いだということを世界中が全く共通認識として持たないどころか、アメリカの一部くらいにしか思っていないために彼らの悲劇が生まれる。
彼らが何より嫌うのはアメリカ人と一緒にされることで、閉会式のあの演出はカナダ人の「我々はいかにアメリカ人と違うか」という壮大なプレゼンだったのだけど、カナダ人が抱えている『アメリカと一緒にするな』という問題を多分カナダ人以外は知るよしもないので、なんかとんちんかんな演出だったね、で終ってしまうという。
あと常々アメリカのフィギュアスケーター(特に女子)がたいていは同じようなタイプに収斂されていくのに対し、カナダのフィギュアスケーターは出てきた時から個性がてんでバラバラな理由も理解した。両方移民国家とは言えどもアメリカっていうのは『アメリカ』って一つの概念への同調圧力が大変に強い社会みたい、それに対してカナダは『カナダ』って国家みたいなもんはもちろん大切だよ、だけど、自分のルーツも大事にしたら、みたいな放任というか枠のゆるさがあって息がしやすい社会だった、私にとっては。風通しのよさが全然違いますね、アメリカ入国したことないから的外れな部分あるかもしれませんけど。

そんで彼らにとってのオリンピックは『アイスホッケー世界一決定戦+おまけ』であって、その『おまけ』の部分に心血そそいで見に来る極東の人間を彼らは不思議に思っていたようだった。
とにかく町中どこにいってもアイスホッケーのレプリカユニホームを着ている人がたくさんいて、2002年6月の東京の風景を思い出しました。ニッポン!ニッポン!叫んで歩く青い人達に占拠された一ヵ月を。ニッポン!ニッポン!叫んで青い服を着ていた人達のほとんどはただの祭り気分だったんでしょうけど、赤い服を着てGo Canada Go!と叫んで歩いている人達は日常からそんなノリなんだろうなあと地に足がついてる感じがしたよ。それでUSA!USA!と叫ぶ人とすれ違ってちょっとしたコール合戦になっても険悪なムードではなくちょっと道をあけちゃう感じがカナダ人なんだろうなあと思った(そしてそのあけてくれた道を当然のようにガツガツ歩くアメリカ人もこれがアメリカなんだろうなあと思った)。カナダ人とアメリカ人って外にいる時は意外と簡単に見分けがついて、歩くスピードが速いのがアメリカ人、ゆったりしてるのがカナダ人。だからコール合戦しても置いてかれるというか後ろからせまってくるUSAに追いつかれて道あけてあげて追い越されてるという、なんか両方がそれを当然としているのが面白くて。カナダ人を愛おしく思うのはそういうところだったり、大好きなアイスホッケーで負けてしまっても騒がしかったり怒ったりしないでひたすらしょんぼりしているところだったりで、彼らの文化の中にフーリガンというものは存在しないようだった。もしかしたら取り締まったり、何かがあって酒類取り締まりが厳しかったり、私が接していた人が限られていたからかもしれないけれども、自分の一部のように愛しているアイスホッケーチームが負けても機嫌悪くピリピリしないでただ落ち込むだけ、という姿が愛おしかったです。
また私が『おまけ』扱いが心地良い人間なもんだから困る。フィギュアスケート会場の立地の適当さ加減がすっごい好きで。郊外の休業中の遊園地の横の古いスケートリンクっていう立地が大好きでグッときて懐かしさすら感じて。フィギュアスケートが中心っていう位置に未だに慣れないもので、ああ私の知ってるフィギュアスケートの扱いがここに残ってる!ってそれがしっくりきすぎて困った。ブームはやがて去る、去った後の揺り戻しが怖い。それに比べてカナダのフィギュアスケートの扱いは地味だけど落ちついて成熟していて、この競技の存在を当たり前のように認めている感じがすごい好きで。リンクがなくなるとかそういうことはあり得ないだろうなあと思って、常々日本で本当にフィギュアスケートが根付くというのは逆回転の選手が普通に出てくる時(利き手利き足利き目利き脳思想全て左の私にとっては利き足が右じゃないばかりに伸びてこない選手っていうのが絶対いると常にマジリアルに感じておりやや憤り気味ですらある)、と思っている私にとっては、逆回転の魅力的な選手がすぐそこにいる国というのはうらやましくてしょうがないのでした。

そんな人々を見ていると、スコット・モイアーのエキシビションでのあの衣装の意味やその他の演出の意味がちょっと皮膚感覚でわかって、カナダ人の内弁慶っぷりが更に愛おしくなりました。あ、写真はバンクーバーの空港で買った雑誌。日本でいうところのAERAフィギュアスケート男子銅メダリストと同じような意味合いだと思う、多分雑誌自体もAERAみたいなもんだと思う。

『おまけ』のおまけ:常々プルシェンコさんとホリエモンさんは同じ種類の人間だと思っていたのだが、ホリエモンさんが何の思い入れもないだろうに人と金が集まる祭り見にきたついでにフィギュアスケート見にきてたということを知ってすごい笑った。ホリエモンさんの選挙に出た動機とプルシェンコさんのバンクーバー五輪に出た動機って大して変わらないような気がします。そしてプルシェンコさんの政治活動はホリエモンさんの五輪観戦と同じようなものである気もします。