音楽はわが魂に及び

先週の土曜日にめったに見ないような民放のBSの番組表チェックをしていたら、小澤征爾と正月に後半だけ見てとても面白かったカルテットの特集に出ていたチェロの男の子の番組をやってる途中で、ああ最初見逃しちゃったなとチャンネル変えたら、いきなり音楽を通して本気で戦っている姿が飛び込んできた。

小澤征爾さんと音楽で語った日〜チェリスト・宮田大・25歳

http://www.youtube.com/watch?v=npnErS16Xr8
ちなみに最初に彼を見たのはこれ。お正月にやってたのは再放送だったのかな?カルテットの番組の方の予告編。
BS朝日「カルテットという名の青春」

http://www.youtube.com/watch?v=Tj-MizWNoZE

彼の音はとても優しくて、若いのに包容力もあって、大変私好みなのだけど、マエストロがもどかしい・はがゆい、と言っている意味もわかって、がっぷり四つで25歳の若者に命がけで全力で向かっていく迫力と、それを受けてなんとか踏みとどまろうと全身で真剣にその言葉をなんとかもがきながらも自分の体に入れて行こうとする過程が丁寧に収められていて、こんな指導ができること、こんな指導を受けられることが羨ましく眩しかった。どっちの立場であったってこわいだろうに。でも逃げられないし逃げたくないんだろう。教育者としての姿に、その人から教えを乞う者としての姿に、それぞれの純粋なものしかない濃密な時間と空間にお互い譲らない真面目な人柄が伺えて、そして何よりもう時間が限られている人の焦りがつらくて、その焦りに影響されて動揺する若者の姿もつらくて、でも音楽ってこうやってつないで活かしていかなければならないんだ、という決意が双方から滲み出ていて、「音楽をする」ということ、そしてそれは彼らにとって「生きる」ということそのもの、その生き様がとても信用できる人達だと心にダイレクトに入ってきて泣けた。

それから宮田大氏のHPを見つけたらこんな動画がありました。
宮田大 1st Album プレミアム映像

http://www.youtube.com/watch?v=4hnX8WISaZc

ドビュッシーのチェロ・ソナタラフマニノフのヴォカリーズは本当に大好きで、ヴォカリーズは楽器演奏するならチェロの音で奏でられるものが一番好きなので 、映像ちょっと見れて嬉しかったです。私はチェロ演奏者の動きを見るのもとても好きなので、動画があってとにかく嬉しい。
私、スケート見ていて、高橋大輔のスケーティングがチェロを思わせるところがあるから好きなところもあるので、是非この音に乗って滑って欲しい。(あ、でも、4CCの体型みたらコンテンポラリーダンサーみたいになっていたので、是非ストラヴィンスキー春の祭典』をコンテンポラリー的解釈でみせてほしいってのもある!あとずっとワーグナートリスタンとイゾルデ』は言い続ける!)

FIRST

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チェリスト・宮田大のボウイングを見ていると馬のたてがみを丁寧にブラッシングしているような優しさを感じる。だけど、マエストロ小澤はその奥にためているはずの毒(と本人が思っているもの)や気性の荒い馬を押さえつけるような強さを出せ、とひたすら煽っているのだよね。それは言い換えると精神的に真っ裸になれ、ということなのだろうと私は捉えましたが、人に嫌われても誰にどう思われてもこれを出したい、というものが本来はあるはずなのに彼は優しいからそれを隠してしまう、ということなのだろうと思う。性格なのかカルテットで培った習慣からなのか、多分両方なのだろうけど、瞬時に周りの音を聴いて一歩引いてるな、というのは私も感じたので、ソリストになる時はもっとエゴイストになれ、とけしかけられて戸惑っている様子は少し可愛かったです。それは以前、ヴァイオリニスト・神尾真由子の特集をNHKのBSでやっているのを見ていたらブロン先生と神尾真由子さんがエゴぶつけあいでゴリゴリやりあっていたのと対照的だなあと、神尾真由子ボウイングって食肉処理場に吊り下がってる牛かっさばくぞ!みたいな勢い感じるので、そういうところも対照的だなあと。でもどっちも面白い。一流の先生についた伸び盛りの若人が真剣に困ってたり怒ってたり迷ってたりする姿は愛おしくて尊くて、そういう場面に出くわすと、どちらの立場であろうと、こういう人達でありたいなといつも背筋を伸ばします。

調べたら宮田大と神尾真由子って桐朋の高校の音楽科で同い年みたいだから同期なんですね。チャイコフスキーコンクール覇者とロストロポーヴィチコンクール覇者が同級生ってそれが日本の学校であるってなんだか日本大変なことになってる気がする。あと地味に齋藤秀雄先生の楽器が受け継がれていることにも感動しました。