It's a time

marginalism2014-03-16


高橋大輔の今季のプログラムは、SPは『私の好きなフィギュアスケーター高橋大輔』の、FSはオフリンクも含めた『私の好きな人間・高橋大輔』の集大成だと初見の時に思った。これ2本とも完成形が観れたらそれだけで私は幸せだと願っていたら、大会は違えど、両方とも私の想像を超えた作品を目の前に出されて、色々あったとしてもなお、今季は幸せこの上なかったと言い切れる。

私が好きなフィギュアスケーター高橋大輔の表現は「喜怒哀楽」でいうところの「哀」だ。コンペプロでいうと、ラフ2がそうだった。盛り沢山なラ・ストラーダ通奏低音としては「哀」だった。ブルースもそれだ。
オペラ座は「怒」と「哀」が混沌としているので少し違う。タンゴ系に象徴される彼の「怒」の成分は私には少し強すぎる表現で、例え哀愁を引き連れていようとも前面に出る「怒」に気後れするところがある。チャイコンやヒップホップスワンやマンボなんかの「喜」は外向きすぎて、彼の内向的な表現にひきずりこまれる快楽を知ってしまうと、皆ではしゃぐその場所は、間口は広いが浅瀬でしかなくて私には物足りなかった。

ショーナンバーも含めるとバチェラレットの世界に入れてもらえる感覚が大好きなので、そういう感覚をコンペでも味わいたいなと少しだけ抱えていた欲望は2013NHK杯で成就した。今思うと、コンペティターとしての高橋大輔はあの時点でクライマックスを迎えていたのかもしれない。随分と長く戦ってきた人だ、あの時点までコンペティターとして高みへ高みへと上を目指して実際にやり遂げてきたことを称賛するだけでいい。少なくとも私はそうする。

高橋大輔のプログラムを振り返ると「喜怒哀楽」の「楽」を軸として表現するものが欠けていることにビートルズ・メドレーを出してこられて気付かされた。ローリー・ニコル高橋大輔にどういうものを作ってくるかと思ったら、オフリンクの「大ちゃん」の表情をそのままスケートリンクに放り出して、公衆の面前に晒すという大胆なことをやってのけていた。あれが披露された時、私の好きな「哀」の表現こそ最後の五輪と決めたシーズンのFSにふさわしいと視野が狭くなっていた自分の浅はかさに恥ずかしくなってしまった。そういうものはSPでまとめてしまって、FSでは大輔の全てを出しちゃいましょう、とスケーターとしてだけではなく、人間性もしっかり見抜いて丁寧に作り上げてくれた目こそが一流の振付師たる所以なのかと、そしてその心意気に応えることができるからこその高橋大輔なのかと、ソチオリンピックでのビートルズ・メドレーの演技を観ていて腹の底から感服してしまった。

明鏡止水の境地で表現するのも高橋大輔は苦手ではないと思う。バチェラレットやイン・ザ・ガーデン・オブ・ソウルズは湖や泉を覗き込むような気分で観ていた。静かな水面の下で何やら驚くべきことが起こっている、それをバチェラレットは自分もある程度の深度の所にいて水中の岩場に座って目撃しているような、イン・ザ・ガーデン・オブ・ソウルズは神聖不可侵な水場で行われている神事を眺めているような、秘めた心のゆらめきがあった。

ソチ五輪のFSはそういった緊張感ともちょっと違って、湖や泉の氷の中に閉じ込められている魚が溶けて泳ぎ出すのを見つめているような気分で観ていた。幼い頃の不思議な感情が蘇ってくるような4分半だった。何もかも愛おしんでスケート靴を滑らせ続ける様子は包容力と無邪気さが共存していて、これが今の等身大の高橋大輔なんだと、泣けた。この包容力がどうやって生まれたのか、この無邪気さをどうやって取り戻したのか、私は知らない。本人を含めきっと誰もその全てなど知らない。でもスケーターとしてではなく人として全身全霊でその場を慈しみ感謝し楽しんで滑っていることはとてもよく伝わってきた。『COME TOGETHER』パートのタンゴステップですら「怒」ではなく「楽」の表現だった。

そして、花が好きなおっとりのんびりとした優しい牛が、たまたま蜂に刺されて暴れていたところを見られて闘牛場へ連れて行かれた、という昔見たり読んだりした話を思い出した。
大ちゃんはずっと蜂に刺されて、自ら蜂を探して刺してもらって、そうやってリンクに登場してたんだな。もういいよ、花が好きな貴方のままリンクに出てきても、出てこないで刺された体を労ってゆっくりしててもいいよ。とも思った。

蜂ではなく花に囲まれたまま闘牛場に姿を現したとしても貴方は充分魅力的なのよ、というメッセージがこもったプログラムをオリンピックという最強の競技舞台で観せてくれてありがとう。長い間、蜂に刺された状態でリンクに立つことを強いてしまってごめんなさい。

28歳からの貴方が、好きな花に囲まれ、花を慈しんで生き続けていられますように。
大ちゃん、お誕生日おめでとうございます。
 
牡牛のフェルディナンド

http://www.nicovideo.jp/watch/sm3794057

はなのすきなうし (岩波の子どもの本 (11))

はなのすきなうし (岩波の子どもの本 (11))