刻印

数日前のできごと。
http://yukarinakano.jp/gallery/on-ice/slides/08gogbqsf.html
なんだこの家族写真!と思って次の写真をクリックしたら。
http://yukarinakano.jp/gallery/on-ice/slides/08everkrl.html
見た瞬間にものすごく胸がときめいて、そのときめき方に自分で動揺した。メガネにじゃない、このメガネは素通り。だってこんなのメガネじゃない。三白眼が見えてこその小塚崇彦だろう、睨めよ、もっと演技直前みたいな鋭い眼光でさあ(三白眼&つり目フェチです)、おま、こんな絶対領域もくそもないメガネかけてんじゃねえよ、24時間テレビの義手少女と真央ちゃん特集のみどころはTHE ICE舞台裏で真央ちゃんドアップの背景と化していた小塚くん横顔(メガネ&ジャージ装着)だったという私の萌え魂がメガネ関係にはそう吠えてる。
だが、本当はそんなのどうでもよくて、写真見た瞬間に『虫歯治療痕!!!!!』とドギマギしてそんな所にまず目がいって、こんなツッコミ所の多い写真のそんなニッチな部分に対してなめまわすように見ながら異常にドギマギしてる自分自身の反応に動揺した。でも、なかなかこんなに虫歯治療痕をなめまわすように見ることができる機会ない。と、またついつい見入った。

その後努めて冷静に考えてみたのだが、大口を開けていることに興奮したのか?と思ったのだがそうではなく、なんらかの医療行為を受けたことが伺えることにどうも反応するらしい。メガネもそもそもそういうことなんだと思う。目なり歯なりに違和感が出てきて歯に詰め物なり視力矯正用の器具だったりを装着するわけだ。大事なのは『痕』という部分であって、医療行為途上の生傷には萌えないのであって、もう完全に治療が終わった、だがその行為を受けたという証が『痕』なわけだ。その『痕』に込められたストーリーに萌えているわけだ。もう完全に終わってないとダメなの、現在完了だとまだ粗熱が残ってるからダメなの、完全に過去形になってないとダメなの、私、何かを文章化する時も現在完了の感覚の時はできなくて、過去形になってからやっとこうやって書き留めることができるの(という体感で英語学習における現在完了形と過去形の違いを最近理解しました)。

そういえば、キヨ引退特集を見ていた時、リハビリに励むキヨの傷口は痛そうだけど美味しそうで、だらだら何か流しながら取り込んでて、で、リハビリのきつさは見てるだけでまあつらいんだけど、今キヨは笑っているという一点で見てられたんですけど(ここで現在完了から過去形になっている話という免罪符を自分に与えた)、それと別次元でなんか異様に傷口に魅入られてんの。アスリートの傷口はガチじゃん、自殺未遂するためにつくるためらい傷とかと全く違うじゃない。友人の手術痕とかもすぐ「見せて見せて!」と言っちゃうんですが、なんかそれはその人が戦った勲章じゃないすか。勲章は誇るべきものだし、その誇りを見たいんですよやっぱり。卵巣摘出痕とか子宮摘出痕とかフランクに女同士だと見せてもらえますし。自分が手術受けること想像すると、それだけでやたらめったらしんどいので、やっぱりそのしんどさに耐えたから得た勲章だと思うと神々しいものに触れた気になったりするんですよ。

どうやら物語が読み取れるものに萌える、そういう気質らしいのです。あと、虫歯治療に関してはポピュラーなものだよね、自分も虫歯治療は受けたことがあるし、治療体験の共有ということで、身近に感じるというか、全然遠い人でしょう、でも虫歯治療の一点においては同じ境遇であったことが読み取れる、その親近感もあると思いました。

アスリートの傷痕大好物!大いなる萌えポイント!と気付いた私は今大変幸せで、なぜなら、いや、みなまで言わずともよいでしょうが、多分いるだろう取材班の皆さんは手術・リハビリ・復活までを完全密着でテープがっつり回してみっちり私に傷口を見せて下さい!と切に願います!一番つらそうなところも目をそらさずむしろアグレッシブに回してそんで見せて!本人ドン引きくらいがむしろいっそ気持ちよいくらいガッツリ萌え体制スタンバイしておきます!でっかい傷口つけて戻ってこい!隠すな!と純粋に萌え魂からのみで言える!なんだこの多幸感。だって別にお見舞いとかいける距離感でもないし、ならもう復活込みで(これめちゃくちゃ大事なポイント、これないと過去形にならないから)、復活した時点からの逆算じゃなきゃ入院とかリハビリの様子とか見られないでしょう、先生でも友達でも医療関係者でもカメラマンでもないんだから。友達だったらまた違うアプローチするけどさ、いやでも傷痕はガン見すると思うけどさ、花時間とか編み物本と自分の部屋に転がってる編み物キットとかもってくよそりゃ。だって今腱鞘炎の関係で冬なのに編み物できなくてプチストレスなわけだし、自分が治療だのなんだので使えない分、お前が使えと押しつけそうな気はするけどさ。そうじゃなくて、今はただフィギュアスケートを介してつながってるだけなわけで、だったらきっちり納得がゆくまで治してまたフィギュアスケートで繋がれる日が来るの待つしかないじゃない。待つのは得意だからなんぼでも待ってるし。そして自分自身も一日一日大事に生きていくしかないじゃない。こっちはこっちでリハビリしながら『その日』を待ってて、『その日』が来るまでには万全の体調に戻したいな、という目標ができたじゃない。頑張ってるんだから頑張ろうって思えるじゃない。リハビリの先の見えなさに気持ちが折れそうになっても自分だけじゃないって心強いとこの一週間くらいだけで思えるんだから、これから先しばらくずっとそう思えるんでしょう。個々の問題は虫歯治療とはちょっと性質が違うけども、でも一緒の部分もあるので、この共有感を味わえる特権的な境遇を『幸せ』と呼ばずしてなんと言う。だって、自分が色んな機能を取り戻したくて頑張ってるだけで『一緒』なんですよ。自分を大事にすることだけで相手と『一緒』なんですよ。ただ自分が前向きに自分の体の状態と向き合うだけでいいんですよ。よくわからない状態を心配心配ってオロオロしてるより自分の生活や心や体とじっくり向き合ってそれをよりよくしていけば彼と『一緒』の気持ちになれるんですよ、なんかこれってすごい幸せじゃないですか?たまにふと不安や絶望に襲われたり、あまりにも先が見えなくてあせったりつらくなったり全て投げ出したくなったりすることすらきっと『一緒』なんですよ。こんなにありがたいことないと思う。