The hay fever came to town

節分とともに花粉症がやって来た!ヤァ!ヤァ!ヤァ!

ヤァ!ヤァ!ヤァ!の文字がゲシュタルト崩壊起こしてるくらいには既に花粉症がキマった。まだユーロ→全米とアジア杯決勝がかぶるという私の一番長い日から一週間しか経ってないのに長友はインテル移籍とかして普通にベンチ入ってるし一週間ってすごいね。マイヤーに泣いてアボットに泣いて千鶴さんの由希奈はん接待実況での「なるほどね」をどっかで聞いたことがあると思ってたらその直後に見た『Foot!』(玉乃淳回楽しみにしてた)でのクラッキーの相づちの口癖にぶちあたり、これか!!!この二人はまぎれもなく夫婦!!!!クラッキーのリトマネンインタビュー回のレストラン遠景に映り込んでたのはやっぱり千鶴たん!!!!!と興奮したりしてからまだ一週間か。今週の『Foot!』は冒頭のベシャリでインテリスタだったジャンルカさんに触れてて、長友移籍関連のメディア情報で一番しんみりしたからJスポ環境の人は見ればいいんじゃないかな。千鶴さん、全米で素晴らしかったドーンブッシュのシャーロック・ホームズはもうクラッキーに見せたのかな。

長友のインテル移籍って何それおいしい?っていうクラヲタに、大学サッカーのガラガラの西が丘の応援席で太鼓叩いてた人が5年後にVPO入団してニューイヤーコンサートのラデツキーでスネアイントロVer.採用されてそれを担当するくらいすごい、って説明することを思いついたけど、そんなこと訊いてくるクラヲタの知り合いなんて私にはいなかったからここに書き留めておく。長友の太鼓持ち伝説大好きなんだけど、リズム感いいのは普通にサッカー見ててもわかっていいですよね小気味いいもんあの人の動き。「小柄なすばしこいダイナモ」フェチだからすごく見る。顔も見ると落ちつくので好きです。ARATA様とか向井理とかはメガネの横顔を気付かれないように見ている距離が一番いいのだが、長友とか中村憲剛みたいな荒削りな南国の魔除けグッズ顔は近くに置いて撫で回したい。ファンタジスタは見るもの、汗かき屋は感じるものだ。要は私は長友の全てが大好きだ。

秋冬ドラマは金曜日の一日二雷太*1を楽しみに『SPEC』と、あと『モリのアサガオ』見てたんですけども、この二つとも一話の冒頭が死刑執行場だったんだよね、ちょうど東京拘置所の刑場公開された直後だったからだと思うんだけど。『モリのアサガオ』、死刑囚に映画『ピンポン』のスマイル・アクマ・ドラゴン揃い踏みで「いつペコが!?いつペコが入ってくるの!?」と毎回毎回ヒーロー見参!の期待ではちきれそうだったのに、最後までペコが入ってこなかったよ。ヒーローは別に死刑囚にならなくても弁護士でも刑務官でも同僚の結婚相手で登場でもよかったのに。ペコがきてくれたら私の罪悪感も少しはまぎれたはずなのに、かつて松本大洋絵再現度が高かった役者達は早々と死刑執行されてしまって、マモラ絵死刑囚再現度が高い柄本明温水洋一にやられっぱなしのまんまだった……

ARATA様、秋冬ドラマ始まる前にちょこちょこテレビ露出あって、こっちもちょこちょこ見てたのだが、どうもあの人『ピンポン』後の自分の扱いに対して違和感があって数年悩みに悩んだらしいのな。それは要は「メガネ男子」として祭られることに対しての不満だったのな。

これは参った。私があの当時、暑苦しくスマイルARATAのメガネの素晴らしさについて語る急先鋒であったから、そして私自身が他人からのそういう無遠慮な視線や言説に苦しんでしばらく外に出られなくなった人間なのにARATAに対して同じ暴力を働いていたことがわかったから、そのまんま彼の苦悩や不満が跳ね返ってきて参った。秋口にしばらく鬱傾向だったのこれもけっこう関係ある。
こういうことをしでかしていたとわかった時に、開き直って逆ギレしたり薄ら笑いで逃げ口上を打ちながらヘラヘラと後ずさっていく人間であるより自己嫌悪に陥る人間である方がまだ少しは自分を好きでいられるから、これはこれでよかったんだけど、でもやっぱり自分の欲望を、特にセクシュアルな欲望を声高に語るってあんまり好ましいことじゃないね。セクシュアルな欲望をそれとは気付かずに垂れ流すとか最悪。何年かかってもその所業にまつわる罪はきっちり返ってくる。
その時期に中村獅童の番組も見ていて、やっぱり『ピンポン』の話出てて、こちらはこれでビッグチャンスを掴んだことを思い出深そうに語っていたから、あの映画は主要日本人キャスト全員のターニングポイントになってたんだな、と改めて感じ入りました。ARATA様、そのあと坂口弘とかキャンドル・ジュン*2演じて持ち直してくれたみたいでそれだけが救いです。でも、やっぱり傷つけちゃったんだよなあ、と、彼の普段のメガネ扱い見てて思って、心が痛む。人並みはずれて背が高かったり胸が大きかったりが理由で猫背になってる女の子を見た時以上に心が痛む。
ドラマの内容だけじゃなくて、こういうことでもいちいち思うんだけどさ、そのことでどれだけ傷ついたとしても、やっぱ死刑ってよくないよ。誰に対しても「死ね」と望み続けるのは、結局自分にその気持ちが跳ね返って来て消耗してよくない。欲望は絶対自分に戻ってくるし、カスみたいな奴と同レベルまで自分を貶める必要はない、という意味で私は死刑反対。極刑を望む、の「極刑」が「死刑」じゃなきゃこの表現は納得できるんだけど、それが自分の近しい人を殺されたために他人が殺されることを望む、という意味合いがあるうちは、もうちょっとトーンを抑えてもいいんじゃないか、と思ってる。終身刑を望むのと死刑を望むのじゃ全然心の有り様が違うもの。自分が残虐なやり口で殺されたとして、その後、自分の周囲にいた人が犯人に「死ね」とか「殺せ」とかいう感情を剥き出しにし、心も体も中心から末端まで憎悪の気持ちに余す所なく染まってしまうことが一番やるせなくて、殺されてしまったことに申し訳なくなって成仏できなくなりそうだから、私が殺人事件の被害者になっても、そういうことだけは周囲の人に思って欲しくないです。死線を彷徨った経験を踏まえて思った、「恨むな」と。誰も恨むなと。それを言い残していかないと面倒そうだから生き延びた気もする。そもそも生きているうちにやった所業はそれを犯した者の死をもったって償えない。生きている間に償わないといけない案件。「償うために死ね」じゃなくて「償うまで生き続けろ」の方が色々理にかなってると私は思う。何があろうと無理やりにでも生かされ続ける方が死刑執行されるより圧倒的に苦しいよね、刑務官とかの罪悪感もまだ軽いだろうし。

私がどうも世間の大部分の人々と生死に対しての感じ方がずれているのは、やっぱり「殺意」を感じたことがあるからのように思えます。誰かが誰かを本気で殺そうとした時の気を真っ正面から浴びると、かっこいいことなんか何も言えないしできないです。裸で土下座くらい当然の対処だと思う。

*1:『てっぱん』の大工→『SPEC』の刑事で見事に演じ分け

*2:ここ見ればわかる→http://hebi.gaga.ne.jp/site/