東洋のヴェール

川口&スミルノフプログラムとサフチェンコ&ゾルコヴィープログラムが今季、非常に高いレベルで競り合っててとても楽しい、というか嬉しい。
タンゴとかそういうわかりやすいものを使わないでSP,FS全く色が違う難プログラムで勝負していることにワクワクする。
個人的にはロシア民謡と映画音楽というサフチェンコ達より両方クラシック、しかも方向は真逆だけど曲調がほぼ変わらず一本調子というフィギュアスケート競技で使うには2曲とも難しい曲なのに、両方きっちり世界観作って演じきっている川口組にこれでタイトルとってほしい。こんなプログラムが評価されるフィギュアスケート界であってほしい。けど、ツイストとデススパイラルがこの組はちょっと弱いからどうだろう、でもタイトルホルダーになってほしいなあ。だけどこれにパン&トンやヴォロゾジャール&トランコフも絡んでくるんだよね。ヨーテボリシーズンのアイスダンスに感じたくらい興奮してる今。
あのシーズン、ODが民族舞踊でほとんど外れなしだったし、デロベル&ショーンフェルダーの「ピアノ・レッスン」、ヴァーチュー&モイアーの「シェルブールの雨傘」、ホフロワ&ノビツキーの「禿げ山の一夜」(つうかテーマはワルプルギスの夜か、ペールギュントも使ってた)、あとドムニナ&シャバリンの「マスカレードワルツ」、全部興奮した。デロベル達の「ピアノ・レッスン」が渋いけど一番好みだったから、このプログラムでタイトルとってほしいと思ってたら本当にとってくれて嬉しかったんだよなあ。あのシーズンみたいに今シーズンのペアの良プロ対決に漲ってる。ベルトンなんか、次のイタリア女子背負うのこの子じゃない!?なんて一昨年だかのユーロで見てときめいてたのにペア転向しちゃってさあ、しばらく悲嘆に暮れていたのに、今となってはイタリアのペアの歴史を作るんじゃねえか!?なんて都合良く期待しちゃうもんな、あのピアソラのステップはアイスダンスみてるみたいな気分になってめっちゃアガった。高橋FSと同じ素材なのに全然違う色のもの作っちゃうカメレンゴ先生マジパネエしベルトンさすがアイスダンス経験者。シングル・アイスダンス・ペア全カテゴリー総ナメとかマジしびれる。ステップも見せ場になるペアが今季いっぱいいて幸せすぎるどうしよう。でもよく考えたらペアフリーの日って男子フリーと一緒だと気付いてその日のチケット私とれてないから幸せすぎないでちょうどいいのかもしれない。むしろこんなシーズンの大一番が東京であるのに生で見れないかもしれないと思ったら凹む。

今季の川口&スミルノフのテーマはオマージュ・トゥ・ロシアンペアなんだろうか*1。ゴルデーワの自伝で『このピアノソナタ「月光」の演技の主題は、人類すべての母である女性を、男性が祝福するというものでした。セルゲイは、私の前にひざまずきます。女性だけが新しい生命を誕生させ、彼に子供を与えることができるからです。』という記述があるんだけど、川口&スミルノフの「月の光」も主題は同じようなものに思える。ただ、始まりの地点は一緒だったとしても、G&Gと川口&スミルノフの個性や持ち味や二人の関係は異なるので、G&Gがベートーヴェンの「月光」に合わせて彼らのストーリーを作って演じていたのに対して、川口&スミルノフドビュッシーの「月の光」を用いる必然性があった。川口さんはどうやったってロシア人の中では異形のものであり、直球のラブストーリーは演じられないからです。その代わり、彼女をどこの世界にも属さない幽玄の美の象徴として扱ったのがうまいと思った。ドビュッシージャポニスムへの傾倒から編み出された旋律に、まさに「それ」として浮かび上がっている悠子ちゃんの美しさやたおやかさやコアな部分の強靭さは西洋人には出せないものなので、多分、このプログラムは西洋の目で見ると大変エキゾチックで日本人に見えているより素敵なものに見えてるんじゃないかと思えて、その感覚はどうやったって私にはわからないのがちょっと悔しかったりもする。
ベートーヴェンの「月光」は『月光を浴びている人間の物語』でゴルデーワは実際に子供を男性に与える女性の役を演じていた(というか実生活そのままの反映だ)けども、ドビュッシーの「月の光」は『ただそこにある風景の描写』で悠子ちゃんは子供を授かった夫婦の守護霊とか妖精とかそういったような存在としてその人達の周りを包み込んでいるので、その違いが趣深くてどっちもいいなと思う。西洋的な守護天使みたいなものじゃなくて、日本人の宗教観の根底にあるアニミズムから連想されるそれをロシア人の中で自然に演じきれるのは川口悠子しかいないのです。タマラさんはよくこれを考えついたな。エレナと悠子ちゃんにそれぞれ違う妖精ぽさを見つけてそれに合う曲とコンセプトと振り付け与えてすごいなあ。

私、川口悠子に対するエレナ・ベレズナヤの評価とか、ヴァーチュー&モイアー、特にこの二人の「アダージェット」に対するエカテリーナ・ゴルデーワの談話とかものすごく知りたいのだけど、どこかに上がっていたりするのだろうか。ロシアメディアだと上がってたりするのかな、こういう先輩後輩間のやりとりって意外と入ってこないのは日本でいくらフィギュアスケートバブルといっても所詮シングル競技のみのバブルだからなのでしょうか。今の日本の状況は、本当の意味ではフィギュアスケートバブルですらないのか。

あ、でも、ユーロが楽し過ぎてフォーコンチは流し見でいいかと思ってたのに、ヨーロッパ選手権サラ・マイヤーあれば四大陸選手権には安藤美姫あり、というくらいに安藤美姫が極まっていたので驚きました。足動かないのを柔らかな気迫で疲れを押さえ込んで動かしてた。それ見てたらぼた雪みたいに涙が落ちた。心配なのは、事情があって9月卒業になったちょっと特殊な立ち位置の同級生を見送るような形で祝福されていたヨーロッパ選手権サラ・マイヤー四大陸選手権安藤美姫が同じような雰囲気を出していたことだ。安藤美姫の卒業式は3月だろ?とりあえずは3月だろ?他の何人かの同級生と一緒に迎えるはずだろ?あんなジャンプの安藤じゃなきゃ作れないし滑りきれないし見栄えもしないし点数も出ないような特別ゴージャスなロングプログラム、まだ見せてもらえるんだろ?なんだかそれだけが不安。それが安藤美姫なだけにとても不安。

*1:SPは同門兄弟子の五輪金プログラム、兄弟子監修でやってるし